【閉店】小諸そばでミニヒレカツ丼セットと鴨肉丼セット
昼食の時間を逃した。13時を大きく回っていた。
胃袋が空洞を訴えていたが、フルコースのようなランチに付き合う時間もエネルギーもない。だから、小諸そば。あのいつもの場所。虎ノ門という街に点在する少ない選択肢のうち、もっとも機能的な答え。
小諸そばの前には例によって列ができている。風の強い午後、スーツ姿のサラリーマンたちが機械のように並び、機械のように券を買う。効率、速度、安さ。三拍子揃ったミニマリズム。だが、そこには時折妙な情熱も潜んでいる。たとえば、ヒレカツ。ここではカツ丼がヒレなのだ。
並んでいる間、脳内ではすでにミニヒレカツ丼と蕎麦の映像が展開されていた。券売機の前に立ち、無駄なくポチッと押す。SUICAで支払いを済ませた。最近は財布を持たなくなった。キャッシュレスは記憶までも薄くする。
食券を手渡し、カウンターで数分待つ。厨房の奥から上がる湯気と、麺を湯切りする音。それらは都会の昼における、ある種のジャズのようなものだ。リズムがある。即興がある。そして予定調和も。
やがて僕のトレイが滑るように出てきた。空いた席に滑り込み、トレイを置く。ミニヒレカツ丼。蕎麦。並んだ人間たちの中で、唯一「満ち足りる」という行為に成功したのが僕だと錯覚する瞬間。
ヒレカツは柔らかく、衣がちょうど良く湿っている。立ち食いのカツ丼としてはあり得ない完成度。蕎麦のつゆも、やや甘めの余韻が午後の空白を埋めてくれる。黙々と、無言で食べきる。まるで儀式のように。
そして翌日も、同じ時間、同じ場所。
自嘲気味に笑う。ここは僕の「定点観測地」になりつつあるのかもしれない。
今日は違うメニューにしようと考えていたが、ディスプレイに「期間限定 鴨肉丼」という言葉を見つけた瞬間、選択肢は自動的に消去された。ポチ。発券。即提供。もはや疑う余地などない。
席につき、いただきます。
柚子の香りが最初にくる。つづいてオクラと大根おろしが、夏をやさしく演出する。鴨肉が、意外なほど蕎麦と合う。これは予想を超えている。ノイズのないコラボレーション。都会的で、官能的ですらある。
気づけばまた完食していた。蕎麦をもう一枚、と思ったがやめた。欲望のコントロールは都市生活者のたしなみの一つだ。
食後、路地に出ると風が吹き抜けた。
午後の予定は詰まっている。だが、胃袋だけは、完璧に満たされていた。


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