【閉店】ありがとう交通飯店。名店がまた一つ消えていく

有楽町の駅を出て、ほんの数分歩くだけで、交通会館の地下にたどり着ける。地下に降りる階段は、昼どきになるとほのかに揚げ物の匂いが漂って、どこか昭和の映画のセットのような趣があった。僕はその階段を、急ぎ足でよく降りたものだ。

交通飯店は、そんな地下の片隅に、静かに、でもしっかりとした重心で存在していた。決して派手じゃない。けれど、いちどその味を知ってしまえば、自然とまた足が向いてしまうような店だった。僕がよく注文していたのは、餃子ライス。ごくありふれた名前だ。けれど、あの餃子には、どうにも抗いがたい引力があった。皮がカリッとしていて、餡はふわっとしていて、だけどぎゅっと詰まっている。そんな餃子だ。

写真のような「餃子と半チャーハンのセット」なんて、今の僕にはちょっと荷が重い。もう若くはないからね。だけど若かったあの頃は、それをぺろりと平らげて、午後にはまた机に向かって働いていた。


チャーハンも、記憶の中で時折、無性に恋しくなる。あれは良いチャーハンだった。しっとりしすぎず、ぱさつきもなく、ほどよく脂が回っていて、刻んだナルトとネギが全体を引き締めていた。何よりも、その向こうで鍋を振る大将の姿がいい。火柱が一瞬だけ上がり、鍋が宙に浮かび、そしてまたストンと戻る。僕はそのリズムを見るのが好きだった。音楽のようだった。

レバニラ定食もよく食べた。にんにくの香りとレバーのコク、そして野菜のシャキシャキ感が、ごはんをどんどん誘ってくる。女将さんの厨房へのコールが、妙に耳に残っている。「レバ〜」。あれはもう音楽というよりも、短編小説の一節のような響きを持っていた。

でも、いつからだろう。店の前に行列ができるようになったのは。食べ歩きのブログだろうか、テレビの紹介だろうか、それとも、イチローのサイン色紙のせいだったのかもしれない。理由はどうあれ、僕のランチタイムではその列を攻略することが難しくなってしまった。オフィスも日比谷に移ってしまったし、次第に足が遠のいた。

そして、閉店のニュースを知った。あの店がなくなる。それはひとつの時代が終わる、ということだ。人々が名残を惜しんで列を作っているという話も聞いた。けれど僕は、もう並んだりはしない。あの餃子の味、女将さんの声、大将の鍋捌き、それらはちゃんと僕の中にしまってあるから。

それで充分だと思っている。

さようなら、交通飯店。ありがとう、僕の昼休みのワンダーランド。

交通飯店中華料理 / 有楽町駅銀座一丁目駅銀座駅
昼総合点★★★★ 4.0

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