天下一 神谷町店 で ジャンボ餃子

神谷町の駅を出ると、風が少しひんやりしていて、それが僕の神経をすこしだけ撫でていった。今日は年に一度の不健康診断の日だった。誰が言い出したのか知らないけれど、それは冗談でもあり真実でもある。僕の体は、完全に健康というには少しばかり道を踏み外していて、かといって重症というほどでもない。なんだか中途半端な小説の登場人物のような状態なのだ。

診察は拍子抜けするほどすぐに終わった。お昼ちょうど。せっかく外に出てきたのだから、何かちゃんとしたものを食べたいと思った。前夜、ネットで検索しておいた候補の一つに「天下一」があった。どこにでもありそうで、でもなぜか気になる名前だ。

店の前に立つと、テイクアウトのお弁当を売っているネーチャンが「いかがですか〜?」と明るく声をかけてきた。その声につられるように、僕はふらふらと中へ入った。こういうのを、受動的な選択というのだろうか。

店内は驚くほど空いていた。座席には間隔を空けるよう注意書きがあり、各テーブルの真ん中には透明のアクリル板が設置されていた。なんだか、世界がひとつの水槽の中で静かに呼吸しているみたいだった。

メニューを見るふりをしながら、僕はほとんど迷わず餃子を注文した。餃子というのは、世界が多少おかしくなっても、あまりブレることのない安心感がある。味がどうであれ、それは餃子であるというだけである程度の誠実さを保っている。

厨房のほうからジュウという音が聞こえ始めた頃、近くのビルで働いているらしき作業着姿のニイチャンたちが三人、どやどやと入ってきた。彼らは迷いなく「唐揚げ定食、ご飯大盛りで!」と注文し、テーブルに着くとすぐスマホをいじり始めた。

そのちょうどいいタイミングで、僕の餃子がやってきた。白い皿に整然と並べられた六個の焼き餃子。ひとつひとつの焦げ目が、まるで小さな火山のようだった。

小皿に酢と醤油を注ぎ、少しだけラー油を垂らす。ゆっくりと、一本目の餃子を箸でつまみ、口に運んだ。

皮はパリッとしていて、中の餡は熱々だった。ニンニクがきいている。キャベツの甘みがあとからやってくる。目を閉じると、どこか遠い町の裏通りで食べた餃子の味を思い出した。それは、旅先でふと入った店の、知らない人が焼いてくれた、でも妙に親しみのある味だった。

二本、三本と食べ進める。途中で水を飲み、となりに座っているサラリーマンが読んでいる新聞の広告欄を見つめる。まったく興味のない分譲マンションの情報が、今日に限ってはやけに魅力的に見える。

最後の一本を口に運んだとき、店の外から蝉の声が微かに聞こえてきた。そうか、もう夏なのだ。夏がやってくると、人は少しだけ過去を思い出したくなる。汗と一緒に、古い記憶もすこしずつ流れ出していく。

僕は箸を置き、水をもう一口飲み、席を立った。レジで会計を済ませると、外の光が眩しくて一瞬目を細めた。昼下がりの神谷町は、相変わらず何かを急いでいた。でも僕は、その流れから少しだけ外れて、静かに歩き出した。

餃子の匂いが、まだ少しだけ、指先に残っていた。

天下一 神谷町店中華料理 / 神谷町駅六本木一丁目駅虎ノ門ヒルズ駅
昼総合点★★☆☆☆ 2.5

コメント