有楽町 あけぼの でカツ丼
西荻の名店、坂本屋のカツ丼の記事をネットニュースで読んでしまい、いてもたってもいられなくなった。
昨日テレビでやってたラーメンなんかも「いてもたっても」系だと思うけど、今のボクの口はカツ丼だ。ラーメンには浮気しない。浮気したところでどうせ後悔するに決まっている。味噌ラーメンのスープをすくいながら「やっぱカツ丼にしときゃよかったな」と思うのがオチだ。
ちょうど良いことに今日は出社日ということで、東京交通会館の地下にある老舗「あけぼの」に向かった。
昼どきなのに、外に並び客がいない。これはめずらしい。今日は運がいいのかもしれない。いや、たまたまタイミングが良かっただけか。
入り口をくぐると、店のおばちゃんが「はい、ここどうぞ」とカウンターの端っこの最後の一席にボクを導いてくれた。ラッキーだ。こういう些細なラッキーは、見過ごすともったいない。
席に着くと、着席する間もなく「カツ丼ひとつ」と声をかける。もう迷いはない。ボクの中にはカツ丼しか存在していないのだ。
厨房からは、卵を溶く音、フライパンで何かが煮える音、味噌汁の鍋がふつふつと泡立つ音が聞こえる。心地よいリズムだ。しばらく来ていなかったので、店内をぐるりと見渡してみる。年季の入った壁のメニュー表。あれ、カツ丼千円か。知らない間に値上げしている。とんかつ定食も千円。中々強気な値段設定だ。だけど食べる。こういうとき、財布の紐なんてものはだいたい無力だ。
それほど待たずに、カツ丼がやってきた。漬物と味噌汁を従えて、どんぶりが目の前に鎮座する。
蓋を取る。湯気がふわっと立ちのぼる。卵はとろとろで、衣はつゆを吸ってしんなりしている。
ご飯の海の上で、豚肉たちは堂々とした存在感を放っていた。まるでこの世の重力を知っているような重厚感だ。
レンゲなんて洒落たものはないから、箸でひと口。
うん。カツはちゃんと厚みがあって、脂身が甘い。卵がよく絡んで、出汁の味がしっかり染みている。ご飯がどんどん減っていく。何も考えずに、ただ咀嚼し、飲み込む。それがこんなに幸福な行為だなんて、しばらく忘れていた。
途中で味噌汁をひとすすり。塩加減が絶妙で、ちょうどカツ丼の濃さを引き立てる。
そして、気づけばどんぶりの底が見えていた。
漬物を口に運び、味噌汁で口を整えて、ふう、とひと息。
カツ丼はボクの期待を裏切らなかった。というか、いつも通りだった。いつも通り、美味しかった。
「また来よう」と思う。でも次は、たぶんとんかつ定食を頼んでしまうかもしれない。浮気というやつだ。だけど、それはそれでいい。そういう日もある。
外に出ると、昼下がりの風が少しだけ秋の気配を含んでいた。

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